日記・コラム・つぶやき

お耳の・・・

最近、日中の移動が多く
東京の地下鉄に乗る機会が
多い私。
ひそやかな楽しみが復活しています。

 大学生のときに大ラッシュのJR東海道線でみつけた
小さな楽しみ!
社会人になって、車生活に入り、
ラッシュとも疎遠となったので、この
暗い楽しみを、とんと
忘れていましたが・・・復活!

 まず。駅のホームに着くと
おもむろに周囲を見渡します。
疲れているときは、もちろん座れそうなドアの
位置に並びますが、
普段は断然、人の多い位置に並びます。なるべくなら
ザ・オヤジ的な人が群れている位置に。

ついでに書きますと
この、暗い楽しみを享受するためには
東京ですと、「いつも混みこみ」の
地下鉄銀座線がお勧めです。

で、電車にのりこみますと
ここはクジでも買った気分で
天に運をまかせ、、、、
空いた席に座るか
人ごみに流されるがままの
場所に立ちます。

私は身長が164センチほどで、
かつ、ヒール高めの靴を履いているので
平均的な身長の日本人男性よりも
頭半分ぐらい背丈が低いことになる。結果、
目を開けると
そこには男性諸氏の『耳』が!

この耳こそが
私の暗い楽しみの源なんです。

それは。。。その隣の男性が、運よく
「身なりにかまってないおっさん」的サラリーマンであると
かなりの確率でお目にかかれますが・・・

耳毛、というやつ!
これ、男性しかも中年期以降の男性に特有のもので
1、耳の穴の内部からぼうぼうと
  湧き出すように生えているもの
2、耳の穴を覆うような、蓋のような部分に
 ひじょ~~に太く、濃い毛が数本、まばらに生えているもの、

この二つに
 分類されます。

ものの本によりますといずれも
『中年期以降の男性に多いもので
ある特定の遺伝子をもっているひとには
顕著にあらわれる。
ホルモンの関係で女性にはまず生えない』そうな・・。

で、わたしはですね、
もう、どうしようもない原始的レベルの欲求で
2のほうの
毛が、気になってしょうがないのである!!

もっといってしまうと、この
やたらと黒々としたふと~い毛を
毛抜きでちょい!っと抜いたらどんなにか
快感であろうか、、と
電車の中でひとりぞくぞく、、、。

あるときなど
あまりに『立派』なのをぴ~ん!と
はやしてらっしゃる方がお隣で
抜かせてください、、という言葉を飲み込むのに
大苦労したほどでございます、、。

しかしこれ、一定の年齢になると
ホント、みなさんこぞって生えてきてらして、
一見企業の重役風の、きちんとした身だしなみの
人で
つめを磨いてるような男性でも
ぴ~ん!な場合が多々あります。

ちまたには
上の1、に分類される、「耳の穴内部の毛」については
『耳毛カッター』というものが売られているようですが
わが愛する2の毛のほうについては
とくに専用の毛抜きもないし(まあ、いらないんだけど)
みだしなみで
意外と見落としがちなパーツかも・・

ちなみにわが夫(中年なので耳毛保有者)の通う某理髪店では
毎回、おごそかに
「耳の毛のほうはいかがいたしましょうか・」・と
たずねてくるそうです。

オットは「こういわれて
断る人いるのかな」と思いながら
毎回「おねがいします!」といって抜いてもらってるらしい!

オットよ、次回は
結構です、と おいいなさい!
そして
わたしにぬかせて~~!!

と、なんと言うばかばかしい内容の日記であろうかと
思うのでこの辺で辞めます。

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国会議事堂が!!

Dsc02252

と、毎日、どきっとする私です。

最近のわが永田町界隈はもう、工事だらけのホコリだらけ。
キャピトル東急の解体がやっと終わった、、と思ったら
今度は国会関係の建物が壊され始めた様子。

この写真も衆議院だか
参議院だかしりませんが
議員会館を建て直してるとかで
いったん、崩してるところらしい。
国会議事堂の真裏にあたる建物なので
なんだか国会議事堂を壊しているように
遠めには見える。

この写真のあたりから
246の永田町の交差点あたりまで
全部工事中。
議員の先生方用だったというプールもつぶし
ゴミ焼却場もつぶし、、、ああ、もったいない。
まだまだ使えたと思うんだけどねえ・・。

それにえらいこと、ほこりが飛んでくるんですが
アスベスト調査してるんですかね?まったく。

議員会館、こんなに徹底的に新しくするのなら

中身もリニューアルしたらいかが・・?

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ハゲしい人々

今はどうだかしらないが
私の 20歳前後のころは
男性でいわゆる『ハゲ』の人というのは
恋愛やお見合いの市場において
非常に 身分がひくかったようにおもう。

20代で若くして、残念ながら
いわゆる『ハゲ』状態に陥った人というのが周囲にもいたが
大概、『タナカ君って知ってる?』
「あ、あのハゲね」とかいうふうに
ハゲであることが彼の最大の「めじるし」として
語られ、どこかコミカルな存在であった。
いや、今にしておもうと
ハゲであること それ自体よりも
それを隠匿すべく、頭頂部の髪の毛を
前頭部にぐ~ん、っと、流す不自然な髪型や

みんなでお昼を食べにいった社食で
ひとり、ワカメサラダにワカメうどんを注文したりする
涙ぐましさが コミカルなのであった。

そして『ハゲコミカル』な部分というのは
仕事上の有能さや
人柄には全く関係は無いのだが
一歩仕事を離れると、やっぱりちょっとコミカルで
自分のハゲをねたにした自虐的なキャラクターを
演じていたりもして
ひそかに気の毒だとおもっていた。

当時の女性誌などでは
『合コンに行ったけど
ハゲ、デブばかりでサイテ~』的な発言が主流で
ハゲはデブと並んで『もてない男』の
2大巨頭であった。

私は不思議なことにハゲには
非常に寛容な女で
20代後半のお見合い行脚時代も
間に入ってくれたお見合い婦人が
おずおずと『この方ね、立派なお方なんですけれどね、
華子ちゃん、、、、髪の毛のこと、気になさる?』などと
たずねてきても、
『ハゲ大歓迎』と応じていたほどだ。
今にしておもうと、別に大歓迎までする必要は無かったが
結婚相手が
ハゲだからといって私になんの被害もない、とは
今でもおもう。


そんなある日、
ちょっとハゲ気味の先輩が
取材にでかけてゆく 私をつかまえて
「おい、華子、おまえ
今日、絶対に笑うなよ」といって去っていった。

「?」まったく意味がわからない。

その日の取材先は
子供の囲碁大会で、当時話題になっていたスーパー囲碁少年に
話をきく、、というものだったので
笑い出すような話ではないのだが、、。

会場についてカメラマンが囲碁の様子を撮りに
行ってしまって、私は主催者である県の囲碁界の重鎮に話を
聞くために
事務局にいき、
出てきたその重鎮と名刺交換をした。

礼をしながら
名刺をもらって顔をあげて、、、!!!!

頭に響いたのは
「はなこ、おまえ、今日、笑うなよ」といったあの「ややハゲ」先輩の
セリフである。

あ、、、無理無理!!噴出す自分を抑えられずとっさに
咳き込んだフリをして『失礼します』と
いったん室外に出て、
呼吸を整えなければならないほど
びっくり・・・。

なんとその『重鎮』氏は
いわゆる「バーコードハゲ」なのだが

そのバーコード状態の髪のスジの間、かいま見える
頭皮の部分を
なんと、、、黒マジックで塗っているのである!!

そして前髪もマジックで書いているのである!!

本人はグッドアイディアだとおもっているのかなんなのか
わからないが
なるほど『遠くから見たときに限って』は、
ハゲにはみえない。

この髪型はこの重鎮氏のトレードマークだそうで
先輩は、去年の大会でこれをみて
知っていたのだった・・。

私もこれまでに
いろんなハゲをみたし
自分がハゲそうになったこともあるが
これほどのハゲしいハゲ人を見たのは
はじめてであった・・・。

 ということで
数年間忘れていたこのハゲしいおじさんだが、
昨日、打ち合わせに行った会社で
久しぶりで思い出した。

この会社は今私がかかせていただいている
HPの発注元なのだが
毎回、私に指示を与えてくれる、Iさんという方がいる。

Iさんとは
いつも会社のミーティングルームで待ち合わせをしているのだが、、
昨日も
「やあ、おまたせ!」と入ってきた
その姿に、、、、???!!!


10日前までのIさんは
なんというか、
さらり、、としたやや長い黒い髪のどちからというと
かっこいい、
30歳代の男性だったのだが、、、

昨日のIさんは
海老蔵なみの つるっつるであった。よくみると
頭頂部は完璧にまんまるいハゲ。
残りは剃ったらしい。

驚き凍りつく私に
「あ、これ、もうね、会社でも隠すのやめようとおもって。
カミングアウト!」

私は彼が本当は『若ハゲ』であったことに
おどろいたのではなく
アレが『カツラ』だったということに
まあ、ほんと、たまげました。
いや~、すごいなあ
ハゲを隠すための技術って。
と正直に伝えましたら、、、やっぱりすごく
高価なものをつかっていらしたそう・・。
感心のあまりしばしハゲ談義に花を咲かせてしまった。

バーコードに黒マジックも
Iさんのすごいカツラも
そこに通ずる共通の願いは
ハゲ隠し。
いやはや ものすごい執念である。

それにしても
地肌に地肌にインクの思いっきりもすごいが
ある日突然 カミングアウト、、というのも
ハゲしいぞ。
はやりハゲしく思い切りのいい情熱家タイプって逆に
ハゲやすいのかも・・。

ちなみに
そのハゲ大歓迎の見合いの末 結婚した
わが夫は
『ハゲでデブ』という2大要素を
見事、手中に収めそうな今日この頃・・・。

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楽しいお漬物

今日はお友達から 面白いごちそうをいただいたので

ご紹介。

まず包み紙をみると、京都紫野 和久傳、

京菜しょ(しょという漢字がでてこない!)と

あります。

私のような素人でもお名前は知っている、たしか京都の名料亭よね・・・。

と、するとこれはそこの、おかし??

容器は陶器で、ずっしりと重い。

Dsc02142

わくわくと

蓋をとって

Dsc02143

しばし、呆然。

一面の茶色いおコメです!

Dsc02144

本気でなにかの間違いでご飯をいれてしまってそれが

くさっちゃった??などと頭をよぎるが、

そんなはずはないよね・・。

で、意を決して

その茶色いおコメを掘り分けると、、、

わお!おもわぬお宝を発見!!

つやっつやの きゅうりやナス、コカブ、みょうがなどのお漬物でした!

Dsc02145

なんでも、この「茶色いおコメ」は、

京コメ味噌というもので、いったん炊いたごはんを お味噌にしたてたものだとか。

(炊いたごはんがどうやったらこのような味噌色になるのかは謎)

さっそく取り出して

軽く洗い、いただいてみました。

うん!ほのかにお味噌の香りがふんわり。

普通のいわゆる「みそづけ」よりも薄味でやわらかいお味。

いや~~、みやびですな。

みやびといえば

この入れ物。陶器です。説明書きによると

これは 「大徳寺永正マス」という重要文化財のうつしですって!

包み紙も専門の職人さんが、材料からこだわって作った特殊な和紙で

捨てずに『はがきとしてご利用ください』とある。

いや~。なんて楽しいたべものなのかしら。Dsc02146

食べるだけでなく、お味噌のなかから「発掘」する楽しさ。

野菜の色がお味噌に映えて、なんてうつくしいのか・・と気づけるうれしさ。

入れ物も再利用、紙もいとおしんで使える。

とても贅沢な食べ物です。もちろんおいしいのだし!

 毎日食べるものなので、毎回こういうお漬物を買うわけにはいきませんが

贅沢をするならこういう贅沢、したいなあ。

明日はうちのオチビにも

『発掘』させてあげようっと。

☆和久傳 京菜しょ

http://www.wakuden.jp/omotase/shohin/kisetu_oshitaku.html

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カレーうどん

昨夜、我が家はカレーライス、が
夕食であった。

お芋、にんじんごろごろの
田舎カレーを自分でつくったのだが、、、

この手のカレーをみるといつもJR小倉駅(北九州市)の映像が
ぽわ~~んと頭に浮かぶ。

今から15年ほど前
家族で小倉に出かけた私は
そこの駅のすぐ近くの食堂で
「かれーうどん」を
頼んだ。

当時の(正直言って今もだが)
私の
常識では
カレーうどんというのは
おだしにカレー粉をとかしたものに
多少の具がはいってゆるいとろみがついている
スープをつくり
そこにうどんは少々煮込んである、、というものであった。

しかし!
その小倉の食堂では
ちがった・・

まず、ざるに盛られた冷たいおうどん(お海苔つき)。

その横に、昨日私が作ったような田舎じみた
カレーのルーだけ、のお皿がぽん!とおいてあった。

つめたいうどんに
カレールーをかけてたべろ!ということらしい。

今の私なら
そこの店のおばちゃんをつかまえて
「おばちゃん、どこの出身?これってそこの
カレーうどんのたべかた??」と聞けるのだけど
当時うら若き17歳には無理でした・・・

もじもじと
はじらい、
カレーになじまないうどんと
格闘しつつ
やっと飲み込んで店をでたのだった・・

そしてほぼ同じ時期に
やはり小倉で
「ハイカラスパゲッティ」なるものを
食べたこともあるのだが

なんと!

これもまた、
ゆでたスパゲッティの上に
カレールーがかけてあるものであった・・・

これはいったいどういうことなのか、
小倉のかくれたる名産品であるのかは
最近小倉にお邪魔していないので
たしかめる術もない。

ああ、しかし我ながらすごい量のカレーを
つくったもんだ。

今日のお昼も、カレーですわ・・

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エサをあげなくても生きるエビ

今日オープンした銀座・マロニエゲート、なる

ショッピングセンターにいってきました。(場所はプランタン銀座の横)

ここに生活用品を扱っている東急ハンズが銀座でははじめて

出店したということで見に行ったのだけど、、、

なるほど、充実&おもしろい品揃え!子供グッズから東京散歩グッズまで

おもしろくて質のよさそうなものがたくさん!

もちろんわれわれ千代田区民にはなかなか手に入らない工具や

DIYグッズも豊富で、見て回っているだけでたのしいのだけど、、、

9階の「趣味」のフロアで、、なんとも奇妙なものを発見。

エビである。

スカーレットシュリンプという種類だそう。赤い、体長1センチほどの大きさの

エビが数匹、15センチほどのガラス容器に水と、名も知らぬ水草といっしょに

入って、売ってある。お値段は3000円ちょっと。

 容器は密封されているので、??どうやってエサを?と

おもったのだけど、、、なんと。

このエビ。「エサをあげなくても8年はいきられる」というのである。

店員さんにきいてみると

この四角い15センチの世界の中に、このエビにとってほぼ完璧な生態系が

できあがっているそうだ。

つまりこの水草をエビはたべ、そのエビの排泄物を水草が栄養源にして、、という

生態系。

なるほど、食べる+出す、、、だけが人生(エビ生?)だとしたら

15センチの世界でも、エビはエビで 生きていかれるというわけか。

 でもどうしても、私、このエビの人生が終わるのを 8年間もじろじろと

見続けるのはいやだなあ。

子供を生んだり

この水草以外のご馳走をたまには食べたり(話によると野菜も好きらしい)

イライラしてびょーんと

大暴れしたり、

そういうことって できなさそうで、

もしかしたら 8年も生きられないのではないかと思うのである。

そしてなによりいやなのが

仮に8年生きていられたとしても、8年たってその死体をみつけるのがいやだ。

8年もたてば、もしかしたら、このエビたちが自分のリビングでひそかに

生きているのも忘れはててしまい、ある時、たとえば大掃除のときやなんかに

「発見」してしまったら、、、

自分の一時だけの興味で、15センチの世界に、この不思議で美しい生き物を

とじこめたまま 広い水に漂ううれしさも取り上げたままで

人生をうばってしまったと、、、思うのがいやだ。

面白い!と思ったのは一瞬で

夜になってあのエビを思い出すと、、、切ない。

思い出したのは 芭蕉の句

「おもしろうて やがて悲しき鵜船かな」

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エコバック

レジ袋が有料になるとかならんとかで、
最近はエコ袋ばやりである。

これまでは東京周辺だと紀伊国屋とか
関西だとイカリスーパーあたりで
ロゴをあしらった布や
ポリエステルの袋が売られていたが
これは、まあ、なんというか
エコと同時に、
私は紀伊国屋でお買い物してるんざんす、的な
アピールもあったようにおもうが

今回のエコバック流行は すくなくとも
それよりは、 エコ、が強調されているように
思う。

エコ、というのは
 たしかに、自然にちっとも優しくない私のような人間にとっても
「なんか、自然にいいことしてるかも、、」な
魅力のある単語である。

そういう「のせられやすい人間」を顧客に取り込みたい企業がそこに
狙いをつけるのは、当然のことで
最近、あらゆるところで
おまけ、や
景品、記念品としてエコバックをもらう。

すでに私は「ぷれっせ」という近所の
スーパーのエコバックを持っているので
まったく必要ないにもかかわらず、、

雑誌を買えばおまけについているし、
長崎からアイスクリームをとりよせたら
どういうわけかエコバックに入ってアイスが届いた。

 こないだ行った信州のワイナリーでも
ワインのまずさをカバーするかのように
こじゃれたエコバック(布製)をもらった。

先日など
どういうわけか家にやってきた
車のセールスマン氏からも
その車のロゴが入った「エコバック」をもらった。
実に仰々しいもので、持つ姿がちっとも
エコじゃない感じのする、華美なシロモノであった。

もう、この家の中に
もしかしたら 普通のビニールのレジ袋よりも
エコバックのほうが
多いようである。(うちは生協だからそもそもそんなに
スーパーにゃ、いかんのだ)

私の手元にこんなにも やってきているわけだから
世の中には、もう、おそろしいほどの
エコバックが
「エコ!エコ!」とさけびながら
出回っているはずであるが
その割りに使っている人をあまりみない。

 かく言う私も、あまり使っていない。

スーパーのカゴにこのエコバックをはめこんでおいてから、
商品をいれつつ買い物する、、という映像を
なにかでみて、これがエコバックの合理的な使い方かと
思いはしたものの、、、
実際スーパーでアレをやる勇気は私にもない。
だって、、
なんか、「万引きしてる」と思われそうだからして。

使うときにはレジでお会計の後に
「袋は結構です・・」とひそやかにつぶやき、その後
こそこそもぞもぞとエコバックを取り出し、
人に良く見えるように、大きな動作で商品をつめこみ、
意識的に「堂々と」店を出る、、小心者である。

なのに
着々と増え続けるうちのエコバック。

このエコバックをこんなにも
どんどこ作り続けることは、
じゃんじゃん世の中に出まわらせることは
はたして本当に
あの今までどおりのビニール袋を作ることよりも
「エコ」なのだろうか。。
地球にとってもやさしいのだろうか。

エコバックをみると
ちょっとまえのロハスブームを思い出す。
だいぶ前の
植林ブームも思いだす。

体にいいこと、
地球にいいこと、
どれもバックやTシャツを作る前に
だまってまず、自分がやればよい。

自然保護の議論ばかりやっていたり
自然保護!と書いたティーシャツを作ったりするまえにまず
淡々と木を植える人でありたい。

オークションでブランドエコバックの値段が
つりあがったりする
エセエコ社会って
なんだかとても ばかばかしい。

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「セレブ」トイレットペイパー

ビロウなお話で恐縮ですが、、、

週末から実家に帰省しようとしている私。
山口の下関なのですが、下関というのは
山口県でありながら 九州に非常に近い!
関門トンネルという海底トンネルや
関門橋という海峡を渡る橋もあるので、
そこをとおれば、ほんの3,4分で九州にわたれてしまう。

なので、毎回、
帰省時には
・スターフライヤー社を使って 北九州空港につく便にするか

・全日空もしくは日航をつかって
 山口宇部空港につく便にするか、、、

で、非常に迷う。どちらからでも実家までの所要時間は
そうそう変わらないのである。

で、さきほども
どっちにしようかな~、、と運行表などみるべく
各社のホームページをみていたのだが、、、、

スターフライヤー社のホームページをみてびっくり!
こりゃ、今年の7月に限っては
スターフライヤーを使わねば!!と
速攻でチケットを買いました!

何に驚いたかというと・・・

この、トイレットペイパー!
なんでも、ポルトガルの会社が発売するや否や
『ヨーロッパのセレブ』の間で大人気だそう。(ほんとか?!)

http://www.starflyer-info.jp/campaign2007_renova.html

3枚重ねで、ふわふわとやわらかく、
ほのかな香りもしみこませてあるそうな。

しかしなんといっても驚くのはそのお色。

まっくろ・・・。

ネットで調べてみると
赤や緑もあるようですが
3ロールでなんと2500円ほどで販売されているらしい。
た、たかい、、けれども、欧州では大人気らしい。
こういうの、私は個人では絶対に買いませんが
ためしてみたい気持ちは、、おおいにあります!

ちなみにこの製品が現地でもそういう高値で売られているのか
昨今のユーロ高でわれら日本人には異常に高価に感じられるのか
それはわかりませんが、、とにかく
色彩に関する欧米人の感覚って、おもしろいなあ。

最近は日本でも
黒い綿棒など既成概念を覆すグッズ、売り出されてます。綿棒は
私も試したのですが
汚れが確認できてなかなか、すてき。
でも、、トイレットペイパーに限っては
汚れを確認することもないしなあ。。。(汚い話ですみません・・)
既成概念が 覆されるのはいいけど
お医者様にはやはり、白衣をきてほしいとも思うし。

さて、、、それはともかく、あさって飛行機に乗り込んだらば
さっそくにトイレにお邪魔して
香りと、、お尻、、いや、肌触りを確認してまいろうとおもいます。

北九州空港のラウンジトイレにも設置してあるそうですが
北九州の田舎のおっさんおばさん、、、何も知らずに
トイレに入って、、、たまげることでしょう・・・。

ちなみにこのスターフライヤー社は
なかなかサービスはよく、
機内のジュースやコーヒーなどもわりといいものを
使っています。
シートも黒い革張り風でなかなかよかった。
イメージカラーはどうやら『黒』なようで
黒にこだわってシートもHPも作っているようだ。
そのわりに
『黒字』ではなさそうなほど
乗客がすくなくて
子連れでも安心なところが、またよい。

このキャンペーンは7月いっぱいのみ。
九州にいくなら
スターフライヤーを!

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台風の思い出

東京に住んでいると

『台風が来る』といっても、危機感は薄い。

もちろん雨が降って、通勤通学がたいへんだな、、とか

洗濯物がかわかないな、、という程度の感覚はあるが

なまなましい『自然の脅威』というふうには 感じられないのが正直なところである。

その証拠に、懐中電灯を用意したり、買い物に出かけられなくなるからと、

食料品を買い込んだり、、そういうことはしない。

外に出たとしても、ふつうの服装で、靴も長靴などはかなくて済む。

東京は〔大部分は)そういう場所である。

 生まれ育った、山口は、その点、台風に対して誰もがわりと真剣であった。

台風の発生のニュースをきくと、山口にくるかどうかを、みな、常にその進路をみはり、

来るとなったら、強風でなにかが飛ばされてくるのを防ぐために、

窓ガラスにガムテープを張って備えた。庭の植木鉢や犬小屋も室内にいれ、

大人たちは川の決壊に備えて、土嚢の準備をした。一人暮らしの年よりは公民館に

集められ、母たちは非常食のおにぎりを握り、ろうそくや懐中電灯を用意した。

子供たちは学校も半ドンで帰され、外に遊びにいくことも禁じられ、

蒸し暑い家の中で、黒々とした雲がものすごい速さで流れていくのを眺めていた。

どういうわけか、台風の一番ひどい瞬間、というのは、真夜中にやってくることが多くて

ひゅうひゅうと、ものすごい音をたてる風と、屋根をたたく雨音におびえた。

大人たちは眠らずに、時と台風の過ぎるのを待った。

そうやって用心深くすごしていても、不幸は多々おきた。

小学校の時には 同級生のお父さんが、漁船のパトロールに行き、

帰り道、背後から飛んできたトタン屋根が、背中につきささって、死亡した。

増水した川で しじみとりの仕掛けを守ろうとして流されたお年よりもいた。

土砂崩れに飲み込まれて 命を失った一家もいた。

高校生の時には本当に大きい台風が来て、あたりをめちゃくちゃにし、

水道も電気もとまった。水道が復活したのは1週間ほどたってからで、

あのときの 不便さは今もわすれられない。

停電になると、漁港近くの水産物加工会社は 悲鳴をあげた。

冷蔵庫がきかなくなると、入れていた商品はすべて廃棄処分になって

大赤字になるからだった。台風のあと、山積みに捨てられた竹輪や、かまぼこをみて

子供ごころに悲しかった。ほかにも

みかん農家を窮地に落としいれ、犬たちから散歩の楽しみを奪い、

屋根をとばし、ガラスを割り、、、、さんざんな夜が明けると、、、

嘘のように

青空が現れ、すべてなにもなかったかのようなお日様がでるのも

不思議だった。

でも。人間の力ではなにもできない、、あの、なにか「こわいもの」。

それが説明不可能な怒りのエネルギーに乗ってやってくる、、、それが

子供のころにわかって、私は幸せだったと思っている。

東京に住んで、こわいもの、、、を知らない

快適すぎる生活の子供たちをみるにつけ、なんだか不吉な予感すらするのである。

とはいっても、、、明日の雨は残念。せっかくの連休なのにね。

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玄米四合

 流行には疎いわがやであるが、
雑穀ブームには乗っている。

年々せり出してくる、夫のおなかをどうにかしようと、
白米大好きな夫をいましめるために、
基本を玄米。あとは麦とかキビとかをまぜて頂いている。
おかげさまで、もともと家族全員悲しいほど健康なので
雑穀生活に入ってから、「ここがよくなった!」とか
そういうのは、見当たらない。
もちろん、夫のおなかもますますせり出しているのは
いうまでもない。

しかし、ここのところの健康食ブーム〈マクロなんとか、、?)を
前にいうのは気が引けるのであるが、
私の子供のころだと、玄米なんて食べてる人は
まず、見当たらなかった。
地方だったし、
ちょうどNHKで「おシン」をやっていて
「しろいまんまが、腹いっぱい、くいてえ、、」な
世界をまざまざと頭に焼き付けた私は、
白いお米以外を食べてる人って。貧乏なんだなあ~と
漠然と思っていた。ばかだけど、そう思っていた。

中学生くらいになってお弁当に
玄米を入れてきてる人が一人いたけど、
彼女の家は宗教かなんかで、健康にやたらと
気を使っていた。

だから玄米=貧乏OR健康オタクと思って
20歳ぐらいまで生きていた。。(はずかしながら)

今思うと
玄米=貧乏を私に刷り込んだのは
おシンのほかに、宮沢賢治である。

あの有名な
「雨にもまけず」の詩の中で、
掘っ立て小屋に住んで、死にそうな人が近所にいたら
「心配しなくってもいいよ」と言いに行ったりする
優しいけど貧しそうな主人公が、
玄米を食べるのである。

抜粋させていただくと
「一日に 玄米4合と味噌と少しの野菜をたべ、、」。
う~ん、貧乏そう!!

でも最近になって私は気づいた。
一人暮らしで、「玄米4合」って、多すぎない?
うちだって、2人プラス1幼児だけど、
4合もたべないよ、、。
4合もごはんたべてりゃ、おかずがお味噌と
お野菜すこしでも、たりるよね、、などと
妄想が膨らむ。

で、ちょっと調べてみたら
宮沢賢治って、貧乏でまじめ、、な印象がありますが
実際はまったくそんなことはなかった様子。
真面目は真面目だったかもしれないけれど、
実家は「裕福な質屋」で、お金にはまったく困っていなかった。
花巻の料理屋でビールやサイダーを飲むのが
すきだったとか。。う~ん、人は見かけによらぬなあ。

 でも実家が「質屋」だということに
非常な罪悪感を抱いていたらしい。
人の不幸が収入になる職業だ、と
いうことで。

だから彼には「貧乏への憧れ」のようなものがあって、
貧しい農村でやみくもに農業を始めたりしたのだと
言っているひともいた。

これをよんで、ああそうか。と思った。
貧乏にあこがれているから、その理想の姿として
現実には経験のないことを詩で歌ったのね、と納得。
だから「玄米4合」というのも、想像の域をえないのかも、、ね。
いくら農村地帯でも
貧しい人は一日に1人4合も食べられなかったはずだから。。

現在の日本は、玄米のほうが白米より高く売っていたりするし
雑穀なんかを好んで食べるのは
ある程度生活の感度が高い、裕福な層であろう。
今の状況をみたら、宮沢賢治氏も、きっと
「玄米4合」とは書かなかっただろうなあ。。。

しかし、お金があることの罪悪感。
神経が繊細なひとならではの、ものですね。
これも現在ではほとんど見当たらない、現象です。

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コロッケの中には、、、

北海道のお肉屋さんが
牛肉コロッケの中に
豚肉やら、内臓やら、はたまた賞味期限切れのパンやらを
いれておった、、というのが
大きく取りざたされ、
私も連日あの猪八戒のような「肉屋顔」の社長と
そのできの悪そうな〔失礼!)息子さんたちの
様子をテレビで見ている。

その社長が
「これは肉屋の習慣だった!」
「ほかの業者もやっているんだ!」というような
不敵な発言をしているのを聞いて
高校のときの同級生、Nちゃんという女の子を
思い出した。

Nちゃんというのは
高校の2年生はじめぐらいまでは普通の、中肉中背の人であったが、
2年生の終わりごろになると
どういうわけか
みるみるやせ細り始めた人である。

もう、そのやせ方はすざまじく、
体の厚さが文字通り半分くらいになり
顔はカマキリのように頬がコケ、
一種、妖怪じみた風貌となった。

体育の時間などに
ブルマをはくと、ブルマから伸びる足が
爪楊枝のように細く
見ていて 折れはせぬかと不安になったほどである。

ただし彼女は肉体的に病気だったとか言うわけではなく
やせる前と後で性格的に大きな変化もなく
一貫してやさしい、穏やかなタイプの人だった。

で、自分がやせたわけを
こう説明した。

彼女いわく
「世の中の食べ物が信じられん!」というのである。

繰り返すが
この話は私が高校生のときだからもう15年も前の話で
その当時は誰も、雪印や加ト吉や
不二家があのようなおかしなことをやっているとは
疑ってすらいなかった、時代である。まだ、誰もが
「企業」を信じていた時代である。

私もクラスメイトも
賞味期限切れのミルクがはいっているなどとは
夢にも考えず、シュークリームを喜んで食べていた。

そんななか、Nちゃんは
「世の中の食べ物が信用できない」といったのだから
私を含め、周囲は
「はあ~~??」という感覚だった。

Nちゃんいわく
「パンだって、パン工場の人が
なにかへんなものを入れたって、わからないじゃないの。
おかしな薬をいれてるかもしれないし
ぺっと唾を吐きいれてるかも」

「バナナだって
外国から来る船の中でお薬にまみれてるのよ」

「ソーセージだって
あのお肉のようなものがお肉だという確信が
持てない」

「お店のハンバーグだって
昨日の売れ残りをもう一度まぜて焼いてるかも」
といった具合にまくしたて、
一切の「売ってるもの」を怪しみ、拒否していたのである。

そして唯一、
自分の祖母が畑で作っている野菜だけを食べて
満足していたが、、、なるほど
そりゃ、やせますわいな、、、という食生活であった。

周囲はみなこれは
あきらかな精神病だと思ったし
意地が悪い私など、拒食症なんじゃないの~と
ひそかに思っていた。

 今、テレビで
あの猪八戒が
「うちは古い肉屋の体質を残していただけだ」とか
「○○さんもやってた」とか言う姿。もちろん
嫌悪感を抱くし、みっともない言い逃れだとは思うが
正直、
「ほかのところもやってたんじゃないの、、」という疑念を
私自身ぬぐいきれない。実際、これって
ほかでも十分ありえるはなしだもの。

Nちゃんほどではないにしても
やはりかすかな恐怖を感じる。

コロッケにまぜまぜ~♪ができるなら
餃子にも
おからにも
肉まんにも
飛竜頭にも
つくねにも、
あとは、、、お味噌とかドレッシングとか
なんにでも、
「のこりもの」が混ぜられていそうな気がする。
おかしなものが入っていそうな気がする。

実際韓国で餃子が問題になっていたし
中国の米にはカドミウムが入っていた。

日常的にはうちは
お惣菜や冷凍食品は使わずに暮らせているけれど
たとえば旅先の駅弁や
外食やなんかで、、、と思うと
ゼロだといいきれない。

ミートホープというあの会社が
ホープレスになってつぶれても
実情はほとんどかわらないという人すらいるしなあ。

普通のお値段で
普通のものを買うのが、
いつからこんなに
難しくなったのでしょうかね、、。

ちなみに
私、25歳のころに ある島で
偶然、Nちゃんと再会しました。
Nちゃん、なんと
その島である宗教家のグループと一緒に
「自給自足」を実践する活動をしていた。

あいかわらず
がりがりで、おそろしくやせ細っていた。
偽装コロッケを口にして悩む心配はなさそうだが
あいかわらず、いろんなことを
心配している彼女だった。

人生、いろいろである。

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卵のモロモロ

 その家でしか通じない、というか
家族同士でしか通じない言葉、というのがありますよね。
ほかの人が聞いても、「???」なこと。

うちの実家の場合は、母親がいい加減な性質で
なんにでも感じたままの名前、をつけているような
人だったので、いろいろあった。

卵のモロモロは、スクランブルエッグのこと。
彼女いわく、卵を「モロモロ」とするから。とか。
わけわからん。

前髪をまっすぐに切ってくると「ちょまみたい」という。
「ちょま」って何だ!?と問い詰めても
「むかしから言ってたのよ」などと笑っていて
結局「ちょま」は何なのか、わからない。
誰にもわからないのである。(ソマという差別用語が
あるのだが、それが起源なのかもしれない)

食事時に、お料理が出で来る前に
食卓についていると、
「このセンマツめ!」といってたしなめられた。
同じく「センマツ」って誰?である。
人名であることはたしかで、センマツさんは
食い意地がはっていたということは押しはかれるが
この場合も「昔、おばあちゃんが言ってた」というので
かたづけられ、センマツの素性はいまだなぞのままである。

こういった具合に、その家族の中だけの共通語。
これっておもしろい。
大学生になって家を出て、
大学の友達に「卵のモロモロ」といって、唖然とされたりして、
はじめて、ああ、これは「モロモロではないのだ、、」と気づいて
大笑いをしたりした。

きっとどこの家にもあるんだろうなあ。
うちの場合だと、
「ただいま~」といって帰ってくるべきところを、
私が「おかえり~」と迎えるため、
「家に帰ってきたとき」=「おかえりなのだ」と
勘違いしたチビが、「おかえり」と「おかわり」を
混同してしまい、
いつも「おかわり~」と言って帰ってくるのが
もう、ものすごくおかしくて、
大人たちまで最近では
「おかわり~」と言って帰宅する。
ああ、ばかばかしい。

けれどこのばかばかしさだけが
家族の宝物でもある。

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ゾウの耳に油

 地方に行って動物園を発見すると寄ってみたくなる。で、

時間が許すときにはわくわくと、入る。

 私の生まれ育った下関市には水族館はあったが

動物園はなく、動物を見ようという場合は関門海峡を渡ってはるばる

お隣福岡まで行ったものだ。だからか

動物園=お出かけ、という子供じみた喜びをいまだに感じてしまうのである。

 しかし。いくつか訪ね歩いた結果、、

地方の動物園というのは、、、都会の、つまり

上野の動物園だとか

横浜のスーラシアだとかそういうものとは

まったく別物だ!と心得てのぞまねばならないということに気づく。

コアラだのパンダだの、、はたまた 白いトラ、だの

そういうものを期待してはならない。

 たとえばここ、長野は小諸の城跡に忽然と現れる、小諸市立動物園。

何度か行っているが一度も混み合っているのをみたことがない不思議な動物園である。

中に入ると、うっと、獣のにおいはする。が、、きりんも、ぞうも、トラもいなかった・・・。

ケージの中には「しか」とか「うさぎ」とか「さる」とか、わりとのどかな動物が

主役である。あとやたらとDsc00564

「オウム」「かも」などの鳥類が目立つ。Dsc00563

みな、緑色の檻の中で、充血したような不機嫌な目をして

ずんぐりとだまっている。。 なんともいえない、、かなしい空間である。

獣らしい唯一の獣、、は、

なんと!百獣の王、ライオンで、私が行ったとき

この雄ライオンは非常に機嫌が悪く、とつじょ、うわおっぉおおおおと

ほえたりもした。メスライオンはというと、なんだか全てをあきらめたような顔そして

ごろり、と天井を見ていた。なんの因果でこの2頭は 信濃の城跡なんぞで

くらしているものか、、。いつも思うが彼らの前歴はあきらかではない。

(しらべてもないから)

 ちょうどやってきた掃除のおじさんに、「ここにはトラはいないんですか」と

きいてみたこともある。おじさんは、ホースでじゃあじゃあと水をまきながら

「死んだんだよ」とそっけなく言い放った。

 そういった具合で全てやる気のない雰囲気が ゆるくただよう、、不思議な世界。

それが 地方の動物園というものである。

そういえば山口にも

「秋吉台サファリパーク」というひなびた施設があって

そにはアフリカゾウがいた。

山口は、冬は結構寒いので、アフリカ用にできた体とつらいだろうなあ、、と

思いながらその日は、ゾウばかり見ていた。

すると。ゾウは係りのおじさんに耳になにかをつけてもらっている。

 あとで聞いてみると

ゾウは寒すぎて冬にはしもやけや ひび割れができるそうだ。

縫っていたのは、それを防止する油クリーム。

このゾウもどういった前歴をへて

こんな本州のはじっこまでやってきたのか、わからずじまいであったが

それでも、冬に耳をアカギレにして苦しむこともあるまい、、と思うと

なんだか安心である。

 日本の田舎には

こういった具合に思いもかけぬものが息をしているし

思いもかけぬものが 残っていたりする。だからまだまだそれを

みにいきたいのである。もちろん、もっと小さな動物園にも。

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子連れの旅

016

 幼い子供がいると

どうしても行動範囲は狭くなります。いろいろと

大変なので旅などもってのほか!という

方も多いでしょう。

 子供がいわゆる『足弱』であることと、

大人に比べて体調が変化しやすいということ、

そして子供の喜びの対象が大人のそれと違う、というのが

原因でしょう。

 わたしは3年半前に男の子を生みましたが、最初はやはり

上に書いたような理由から、『子供をあちこち引き回してはならない』という

呪縛にかかっていました。旅行はおろか、、散歩だっておっかなびっくり。

電車に乗るなんてもってのほか!!という状況で半年ほど。

でも、、、私には無理だった!!

だって、常にどこかにいきたいんだもん~~~!!という全くもって

勝手な理由で、でも、結構真剣に『傾向と対策』をたてて

出かけました、子連れ旅!

3年半で海外7回、国内旅行は小旅行を含めるとおそらく、、、60回は

行っています。

・・・結果。

結構ね、大丈夫でしたよ。

以下の注意さえ守れば。

1、予定を変える勇気をもつ

  子供はすぐに体調が変わる。突然の発熱などもあり。

  なので、運悪くそうなった場合は、いや、そうなりそうな気配を

  感じた時点で、、潔く旅を「やめる」。

 切符の手配も宿の手配も水の泡、、、キャンセル料もかかる!でも

 やめましょう!これが一番。

 

2、子供はよく寝るのだと心得る

 大人が観光した居場所、たとえば名所旧跡などというものは

 子供にとってはなんの面白みもない場所であると心得る。大概

そういう場所にいくと子供は、つまらなくなって『早く帰る~~』などと言い出す。

ここまではしょうがない。この先、この子供の機嫌が悪化するかどうか、、

これはその子供が『よく寝ているかどうか』にかかっている。

寝不足ほど子供を不機嫌にするものはない。

 私の場合、行きたい場所を1箇所削ってでも、宿や車内で

子供の『お昼ねタイム』を想定してスケジュールを立てている。

理想は移動中に車内で眠ってくれること、、だけど、そうも行かないときは

早めにチェックインもやむをえない。

3、子供の楽しみもつくる

だいたいが、旅行などというものは子供が自分で発案するわけもないので

多くの場合、『親の勝手』である。寺も田んぼも、子供にとってはそうそう

おもしろくもないものだ。

でも、親が自分の勝手で子供を連れてまで旅にでているのだと心得る。

自分が楽しむためには、、、そう、子供にも子供の楽しみを与えてあげること、

これが大事である。

うちの場合、車で回っているときは、2時間に1回は子供を公園などで

遊ばせる。走らせる。日本なら、たいがいどんな田舎町にも公園のひとつや

ふたつあるものだ。そういう場所に停車して、親は休憩、子供は大はしゃぎ。

多少時間は遅れるが、これくらいの余裕がないと、子連れ旅はつらい。

4.嫌われないように上手に母をする

特に団体旅行の場合、朝の集合時に子連れで現れると、、、周囲の目は冷たい。

「!げ、、子連れ、、。移動の車内でうるさいだろうなあ、、、」と無言の目が語る。

しかしそれにめげてはならない。

人々が憎むのは「うるさい子供」よりもむしろ「それを放置する親」である。

ちゃんとしかって、ちゃんと子供を大事にして、、あたりまえのことをやっていれば

旅の後半には、あなたの子供は、その団体のアイドルである!

うちの子などこれで、ものすごく得をしている。お菓子はもらうわ、だっこは

してもらうわ、ほめてもらうわ、、、で大喜び。

いろいろ書きましたが重要なのはやはり

子連れ旅行は究極には『親のわがまま』であるからして、、子供が

楽しめるようにする努力くらいは、やって当たり前だということか!

ちなみに、、、子連れ旅、なれると大変ではありませんよ。

むしろたのしい。

なぜなら、、、ご存知のとおり、子供というのは

見知らぬもの同士の『会話のきっかけ』をつくってくれるものだから。

旅に出ましょう!子連れでも!

お写真は、、、我が家のチビ(3歳)の旅支度。

最小限のにもつ(おかしなど)は自分でしょえるようになりました。

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夜の梅

 日本人ってすごいな~と思うことがよくある。
今日は赤坂の虎屋で、
羊羹を買っているときにそう思った。

羊羹の名前である。
「夜の梅」。
羊羹を切ったときに、切り口の小豆が
しろっぽく浮き上がってみえる。
それを梅の花に、
まわりの黒い部分を、夜の闇にたとえたというわけである。

虎屋のHPの説明によると
この「夜の梅」の商品名を虎屋はなんと1600年代の終わりから
使っていたということで、
やはり、日本人のセンスってすごいなあ、、と
感心するのである。

たとえば英名の御菓子で、こんなアジのある、
風流なものってあるのかしら、と思う。

鳥の名前にも同じようなことを思ったことがある。
たとえば、「みやこどり」。
赤いくちばしに、黒と白の羽という
非常に華やかな色彩の鳥で、なるほど「みやこ」というのが
ぴったりのネーミングである。
が、この鳥の英名は、「oyster catcher」。要するに
「牡蠣等の貝類をとる鳥」ってことであろうか。。
確かに、みやこどり、の主食は牡蠣などの貝類ですが、、
それってあまりにそのまんまなのでは、、。

ともあれ、夜の梅。
なんてすてきなネーミング。
ずっしりと重い羊羹の包みを抱えながら
なんだか幸せな気分であった。

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三日遅れの便りを載せて♪

このブログのタイトルに使わせていただいた

『三日遅れの便りを載せて・・』。

これ、私の大好きな曲『アンコツバキは恋の花』の

出だしの一節です。

お若い方だとご存じないかもしれないので

続きを引用させていただきますと、、、

三日おくれの 便りをのせて

船が行く行く 波浮港

いくら好きでも あなたは遠い

波の彼方へ いったきり

あんこ便りは あんこ便りはあ・・・・あ 片便り」となるわけです。

(作詞 星野哲郎さん)

2番、3番もあるのですが

大島の島娘が 都からきた男に惚れ、捨てられ

会えない身を嘆くという内容。う~ん、名曲だわ!!

 でも、最近この曲を聴くたびに、、、ああ、いい歌(詞)って

もはやなかなか生まれないだろうなあ、、、といつも思います。

だって、今の時代、電話はもちろん携帯もEMAILもありますから

3日に一度やってくる船を待ち、その船で運ばれてくる手紙を

待ちわびることもないでしょうし、、そもそも「こがれるきもち」を

感じることも少ないでしょうから。

携帯の電波さえ届けばすぐに誰とでも連絡が取れ、

ほしいものもワンクリックで翌日配達。Emailだといいにくいこと、伝えづらいことも

意外とさらりといえてしまったりもしますから、、、

「長い黒髪 ぷっつり切って 帰るかもめに 託したや」

なんて図は想像もできないでしょうねえ、、、。

 この大島もそうですが 今は

日本中たいがいどこに旅しても大概は、便利です。快適です。

もちろん、局地的にそうではない場所もありますが

そういう場所ですら、車で小一時間もいけば、便利な町にでられますから。

そしてさらに、おぞましいことに

どこに行っても、町の景色というのが、、なんというか

ますます似通った、同じような、画一化された景色になってきているのも

気になるところ。

同じような大手チェーン店が立ち並ぶバイパス沿いなんぞを走っていますと

いったいここが、茨城なのか福島なのかわからなくなるほどですから

いやになる。

 こういう時代ですから、なかなかいい詩もうまれないだろうし

「どっかでみたことある絵葉書的風景」以外を求めるとなると、

満足いく旅というのも なかなかしづらくなっていくように思います。

でも、めげずに 旅に出て

『船がゆくゆく波浮港」のような、詩のある場所を探したいと思うのです。

♪三日遅れの便りを載せて~と歌いながら。

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