東京散歩~ご近所

麹町 泉書房を惜しむ

 

麹町の新宿通り沿いに、泉書房という小さな本屋があって

ここが私の東京で一番好きな 本屋だった。が、、

この4月に、本屋としての形は残ったものの、経営者がかわったらしく

扱う本も 看板も 店名も がらりと変わってしまい、面白くもなんともない

凡庸な本屋に成り果ててしまった。

 

もともと私が生まれ育った田舎町には

本屋は、本当に小さい、子供の本と雑誌くらいしか置いていないような店が

一軒しかなかった。なので、かつての私は とにかく『大きな本屋』に

あこがれていたのである。

18で上京してきたときにも 丸善などの大きな書店にいっては大喜びし、

どんな沿線でも駅ごとに大きな書店がある、ということに、半ば感動していた。

「どこの本屋に行こう?」と迷える、その選択肢の多さを 非常に贅沢なことだと

思った。それは本屋に限らず、洋服を買うときも 雑貨を買うときも、選択肢が多いこと

そのものが、『贅沢』だと思い、都会暮らしの恩恵とはそういうことだと

思っていた。

 しかし そういう生活に慣れ、大きな本屋に入って、無数にある本たちの中でも

結局自分の読みたいタグイの本というのが、実はごく一部でしかないのだ、

ほかの大部分は、実は自分には要らない本なのだと、、と気がつくと

逆にその 種類の多さ選択肢の多さが 非常に邪魔で目障りで まったく

自分には必要でないことを知った。これは贅沢でもなんでもない、と。

 そうして 出会ったのが、麹町 泉書房である。 

最初、ふらりと入ったときには、本当に感動した。

けばけばしい雑誌や『株であなたも大もうけ!」的なノウハウ本はほとんどなく

上質な文学文庫や、新書、芸術書、和の文化に関する美しい本が その

狭い店内に並んでいた。もちろんお客さんはそう多くなかったけれど

そういう本からかもし出される、静かな熱のようなものが漂う書店だった。

読書好きであろう、店員さんの 打てば響くような対応もすきだったし、

今も愛用しているカレンダー式手帖・『歴史手帳』との出会いも、この店であった。

ほかにも いろんな本とここで出合い、取り寄せ、読んだ。ぬくぬくほくほくと

立ち読みもずいぶんさせていただいた。

あの店内にいると、本を読む幸せに全身が包まれるような気がしたのだ。

そして、本屋ひとつでも 数多くの選択肢をもつことそのものが贅沢なのではなく、

その中から、

『自分のお気に入り』『ここでなくては・・』と思う 存在を持つことが

真の意味で 贅沢なのだと さとったのである。

そうして本屋であれ、食堂であれ、 通い続ける店をもつことが

その町で暮らすということなのだ、ということも。

 今は麹町 泉書房は 

 なんの変哲もない、本屋に変わり果ててしまった。店名も

カタカナで、店員さんもアルバイト風。ばかばかしいノウハウ本が

山積みになり、魂のない下品な雑誌が 下品な客を引き寄せている。

あんなに充実していた俳句や短歌、和の芸術に関する本など

見つけるのもむつかしい。

どこをさがしても、 4月まではたしかにここにあったはずの『泉書房』の

おもかげすらなく、

がっかりして店を出た。 

それ以来、その店には入っていない。

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新永田町名物

 私が永田町に越してきたころはまだ、

キャピトル東急も開いていて〔(現在は建て替え工事中)、

永田町名物というと ホテルや事務所ビルの前に連なる黒塗りの車列だった。

だいたい、セルシオだとかクラウンだとか その手の高級車で

色はどういうわけか、、黒。スーツ姿の運転手さんが車外で待機しているのだけど

「○○先生お帰りです~!」とホテルからのアナウンスが聞こえると大急ぎで

運転席に戻り、ホテルの車寄せまで移動、、という光景をよくみかけたものだ。

運転手にも乗るほうにも、、、両方になりたくはないもんだと思いつつ。

 その次の名物は 街宣車。あの、、、こういってはなんですが

うるさく軍歌調の音楽をがなりたてながら、「○○(大臣の名前)、やめろ~!」とか

「戦争容認憲法をかえろ!!」とか、冷静に聞いてみると意味不明な言葉を

どなりつつ、やってくるのである。

同じ永田町でも庁舎のあるほうだけにいってくれるといいのだが、

たいがい、先生方の事務所のはいっているビルやマンションのほう(2丁目側)にも

大挙してやってきたりするので、うるさくてしょうがない。

あとは、、、選挙前やなにか政治的な事件が起きたときに事務所ビル前に

群れる「政治記者」の群れ。夜討ち朝駆け、、ってな感じではなく、ただ入り口で

呆然と群れているように見えるし、通行人としては結構じゃまである。

 まあ、永田町というのは住民人口は200人ほどの狭い地域ではあるし

飲食店なども少ないので、そうそう「名物」といえるものはないのである。

それに加えて 先だってキャピトル東急が休業に入ったので「黒塗りの列」は

今のところ永田町名物、とは言いがたくなってきてしまった。

そこで新たな 永田町名物が出現。それは、、

なんとこの 「白い壁」である。

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工事現場を覆うこの白い壁が

今、もっとも永田町らしい光景となってしまっているのである。

と、いうのも、今、永田町は本当に本当に、、、工事現場だらけ!

首相官邸横の仮庁舎、衆議院議員会館、キャピトル東急の解体現場、

TBRビル隣マンション建設予定地、、、この狭い永田町の大部分が

この白い無機質な壁で覆われてしまっている感がある。

2丁目の交差点の周辺はもう本当にすごくて、特に衆議院議員会館は

敷地が広大なので、日枝神社まえのあたりから、旧永田町小学校のそばまで

この白い壁が伸びている。

当然この壁の中では 文字通り急ピッチの作業が続いていて

騒音も相当なものではある。が、この工事によって損害をこうむっているのは

われら人間だけではない。

もともと廃墟のようだった衆議院会館の敷地に住んでいた、大勢の野良猫たちである。

どうやらえさをあげる人がいたようで、ずいぶん前からこの敷地に住んでいた

この猫たち。

工事が始まってその安住の地を追い払われ、、、、なんとなく

ずいぶん数が減ってしまったように思う。どこかにもらわれていったのか

保健所行きとなったのかわからないけれど、

かろうじて残った数匹が、今日もゴミをあさっていた。

全ての工事が終わったら、、さあ、永田町はどんなふうになるだろうか。

変わり行く永田町の中で、

緑の日枝神社の杜だけが、、、なんだか救いのように輝いてみえる。

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